岩本修弥
「あの日の女性の悲しげな表情が今も忘れられない」
神戸市北区に住む団体職員の泉志朗さん(74)は散歩中、歩道の植え込みに血まみれでしゃがみ込んでいた女性に気づいた。2017年7月16日。3連休のさなかの日曜朝だった。
最初、交通事故に巻き込まれたのかと思った。駆け寄ると、女性は涙ながらに話した。「息子に金属バットで殴られた」
花柄のワンピースは真っ赤に染まり、裸足だった。必死に訴えてきた。「家に残してきた父と母が殺される。助けて」
泉さんは「あんたの方が先や。早く病院に行かなあかん」。すぐに携帯電話で119番通報した。近くの男性には110番を頼んだ。救急車を待つ間、女性は立ったり座ったりを繰り返し、両親の安否ばかりを心配していた。
駆けつけた救急隊員に女性を託し、散歩に戻った。いつもは静かな地域だが、この日はサイレンが鳴りやまず、救急車やパトカーが次々と通り過ぎていった。
警察官の持つ無線から、身柄を確保した、という声がかすかに聞こえた。神社の前で警察官に囲まれ、パトカーに乗せられる男の姿が見えた。「無表情で、落ち着いた様子」だった。
18年5月、女性の息子にあたる竹島叶実(かなみ)被告(30)が殺人や殺人未遂などの罪で起訴された。祖母の南部観雪(みゆき)さん(当時83)と祖父の達夫さん(同)を金属バットで殴ったり、包丁で刺したりして殺害し、母親(57)も殺害しようとしたうえ、近くの民家の敷地にも侵入。辻やゑ子さん(当時79)の首などを刺して殺害し、別の女性(69)を負傷させたなどとされる。
神戸地検は2回にわたって計約8カ月間、鑑定留置を行い、刑事責任を問えると判断した。一方、弁護側は、事件時に被告は心神喪失状態だったため、刑事責任を問えないとして、無罪を主張するとみられる。
10月13日に神戸地裁で裁判員裁判が始まるのを前に、泉さんが取材に応じ、4年余り前の夏をたどった。あの日、朝の洗濯に手間取り、いつもより30分ほど遅く散歩に出た。もし家を出るのが早ければ、事件に巻き込まれていたかもしれない――。そんな恐怖がこみ上げるという。「裁判で全てが明らかになれば。(竹島被告には)すべてを話してほしい」。そう願う。(岩本修弥)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル